あるがらっぱちさんが私に言ったこと|障がい者雇用促進求人情報局

あるがらっぱちさんが私に言ったこと

障がい者手帳を交付されて地域活動支援センターに通所し始めて、3ヶ月くらい経った時、一人の職員と話すことが出来ました。その人はおおよそ職員らしくない感じでした。無精髭を生やし髪も撫で付けた様子がなく、あまり容姿には無関心なことが伺えます。喋り口もどこかがらっぱちで、敬遠する人も多いのですが、私はなぜかその方に気に入られ、良く話すようになりました。

ある時、近所のスーパーマーケットでベンチでコーヒーを飲みながら煙草を吸って求人誌を読みながらぼーっとしていると、一台のボックスカーが目の前に止まりました。無関心でいると、運転座席から顔を出したのはその職員さんでした。聞けば同じ職員の仕事やプライベートの悩みを聞いてあげる予定だったのが急にふいになり、手持ち無沙汰なのでどうしようかということ。

とりあえず車に乗せてもらったら、「そうだ、坂部釣り好きか?」と聞かれました。中学生の初め辺りまでずっと釣りをしていたので「好きです」と答えると、「じゃ明石行こか」と言われました。はじめは何と言ったのかわからなかったんですが、車はみるみるうちに高速に乗り、ついには明石海峡大橋を渡り始めました。

車中で「ヤバイ、この人マジで言ったんだ」と思っていると、釣具屋さんに着き、釣り餌を購入。早速防波堤で釣りを開始しました。

そこで彼が言ったのは、「お前は他の障がい者とは違うと思う。」ということでした。若干の嬉しさを抱きながら次の言葉を待ちました。「薬云々ではなく、お前はもう病気じゃない。治っている」という言葉でした。

治っている。確かに私を一目見て病気と思う人はいないだろうし、話してみても病気と思う人はいないでしょう。そうなると、病気か病気ではないかを判断するのは自分ではなく他人なのかもしれません。自分で自分を病気にしてしまえば、そこに逃げ場が生まれます。そしてことあるごとにその逃げ場に逃げ込んでいれば、ずっとその暗闇の洞穴で自虐を続けるだけ。そんなことをしないために、今まで自分の思考も監視して否定し続けてきました。そして求人を見つける努力もしてきたつもりです。

私は当初からもう就労移行支援事業B型にずっといる自分が想像できなかったので、自分から求人を見つけて応募しようかどうか迷っていました。まだその時は勇気がなく、ただ眺めて自分が働いている姿を想像するだけという有り様ではありましたが。

その努力が彼に伝わったわけでもないでしょう。もしかしたらその努力はしなくても全然関係のない努力なのかもしれません。しかし、病気を知っている彼が、お前はもう病気じゃないと言ってくれたということは、心に留めておかないといけないと思いました。だから何年も経った今でも、この経緯が事細かく書くこともできるのです。

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