僕は一度くじけました|障がい者雇用促進求人情報局

僕は一度くじけました

求人を見て、仕事をする。そんな当たり前のことをするようになったのは職員さんが色々と辞めていき、施設自体も綺麗な保健所を兼ねた市内の新しいシンボルのようなところに移行したときからです。

求人を見ても、やはり障がいを隠す、つまりクローズにする勇気はありませんでした。どうしてもオープンにして、認知された上で仕事をしないと、ずっと隠し続けることのみで自分の心のキャパシティがいっぱいになってしまうことが容易に想像できたからです。

そして去年の梅雨の時期、6月ですが、私はハローワークの障がい者雇用枠の求人で、一応医療と介護の最大手の会社へのトライアル雇用が決まりました。ずっと私を心配してくれていた職員の方も喜んでくれました。私自身も採用されるとは思っておらず、それは求職活動を始めてからたった数ヶ月での決定という期間の短さが手伝ってのことでした。

そして、実際に働いてみましたが、障がい者雇用という枠で入社しても、実際に業務に配慮があるのかどうかと聞かれれば首を傾げざるを得ない業務内容でした。一般的な庶務から、総務の仕事である人材管理、営業の仕事であるダイレクトメールの作成、課を超えた仕事が僕に集まってきて、もう思考のキャパシティは限界を超えた状態でした。

毎日が勉強と思えればいいのですが、あまりにも仕事が多すぎて、正直なんの説明もありません。習うより慣れろというのは大工もデスクワークも一緒なのか?と純粋に思ったほどです。さらに仕事を与える人がやったことがないからという理由で振ってくる仕事もあります。残業したいのに残業できずに、結局残務は先輩に任さなければならないのが心苦しかったです。

さらに、仕事のみならず人間関係においても自分が障がい者であることを強く意識させられるような体験もありました。それは次の「少しばかり穿った見方かもしれないけど」でご紹介します。

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